レビュー
医者である主人公のもとへ、昔助けた怪しい男が奴隷の少女を連れてやってきた。その少女は名をシルヴィといい、全身は傷だらけだった。どうやら以前の飼い主から虐待を受けていたらしい。怪しい男から処分に困っているという話を聞いた主人公は、シルヴィを引き取り育てることにした。
本作は、執筆時現在、DLsiteで3万本のセールスに届こうかというほどの大人気作だ。私が本作を買ったのは、そろそろ休眠中だったDLdouを再開しようと思案していた11月の初旬だった。それで本作のレビューを再開第一作目の記事にしようと思っていたのだが、実際にプレイすると、ひどくつまらなくて、途中で投げてしまった。
そんな作品を再び起動する気になったのは、これほど人気のある作品を途中で投げ出してしまうことは、何だか敗北感に似た気分を自分に味わわせるからだ。人気があるのには必ず理由があり、その理由を探ろうともせずに放り出すのは、およそ創作物を愛する者の真摯な態度ではない。だから、とりあえず回想をコンプリートするまでは続けなくては、と自分に言い聞かせつつ、プレイを続行したのだった――と、前置きは以上だ。
私はさっき、本作のことを「ひどくつまらない」と評したが、あれは嘘だ。
いや当時の気分としては、実際そうだったのかもしれない。なにせ逆らえない奴隷少女を手籠めにして、手とり足とりアブノーマルな快楽の奈落へと突き落とそうと考えていたのだ。なのに、本作ときたら、シルヴィを無理やりレイプしようものなら、直ちにバッドエンド送りが確定してしまう。シルヴィを生かしたまま育てたければ、ひたすら頭を撫でてやることで、感情の動きが乏しい彼女の心を開いてやらねばならない。この「頭を撫でる」という作業を数十日間続けるのだ。奴隷とのセックスのみを期待してはじめた一人のゲスが、この作品に失望するのは仕方ないではないか。
だがそれは、作品の趣旨を誤解しているからそう感じるだけなのだった。本作は調教ゲームなどではなく、奴隷少女とひたすら仲良くなる――ただそれだけを追求した作品なのである。
出典:FreakilyCharming『~奴隷との生活~ Teaching Feeling』Ver.1.14
ご主人様のことしか考えられなくなってもなお、親しくなり続ける。
本作はエンドレスだ。グッドエンディングなんてない。序盤でシルヴィが死ななかったなら、後はずっと彼女と仲良くなり続けるだけだ。
また、本作はピュアだ。いったんシルヴィとの初夜を迎えたならば、他の女に触ることさえ出来やしない。というか、そもそも他の女が服飾屋の店員しかいない。無駄にグラマラスで、巨乳の女だ。けれど、彼女はただの店員で、ヒロインではない。主人公は生涯シルヴィの貧乳のみを愛し続けるしかないのだ。
出典:同上
怪しい魅力を持ったお姉さん。残念ながら攻略できない。
しかし、シルヴィは無抵抗だ。虐待を受けていた経験から、酷いことをされたり、居場所がなくなることをひどく恐れている。だから、シルヴィは、主人公のやることなすことをすべて受け入れてしまう。主人公がレイプしようとしても、特に抵抗することはない。抵抗はさらなる虐待を招くからだ。すべてに無抵抗な人形であれば、人は人に対して向けるような悪意を抱かないものだ。
出会ったばかりの頃のシルヴィは、人形と変わらない。何をしても面白味のある反応をみせない人形だ。嗜虐趣味は、相手が心からの悲鳴をあげてこそ充足できるのであって、人形相手の加虐で満たせるものではない。だから、本作を調教ゲーム的な文脈でプレイすると、本当に面白くないのだ。
『奴隷との生活』を心から楽しむために必要なものは、シルヴィへの愛情だ。それと我慢強さ。人形にすぎないシルヴィをヒトにするために、必要なものだ。プレイヤーはまず、無感動な彼女に感情を教えなければならない。それもエッチな方法によらず、ただひたすら頭を撫で続けることによって、だ。
出典:同上
頭を撫でられる意味が分からず、困惑するシルヴィ。
本作のしょぼいシステムで「頭を撫でる」を選び続けることは、未プレイ者の想像以上に苦行である。本作では特定の行動においてスキップが機能しないし、タッチ操作もEnter(とSpace)以外のキーボード操作も受けつけない。マクロを使うようなズルをしないなら、ひたすらマウスでクリックし続けるしかないのである。
こんなことを書くと、この作品はやっぱりクソゲーなんじゃないのか、と思われるかもしれない。そして、そのような理解は決して間違ってはいないだろう。
もし本作が商業作品として売り出されていたなら、世間の評判は180度変わっていたはずだ。クソみたいなシステムと、正面以外の構図ではさほど良くない絵と、やたら短いエロテキストとで出来た未熟な作品を、手放しで褒められるわけがないだろう。
『奴隷との生活』が好評を得ている理由には、それが同人作品だからだということが間違いなくある。批判しようと思えばいくらでも批判できるほどに隙の多い作品だが、それでも光り輝くものを確かに持っている。同人は、そんな一点突破型の魅力を持った作品が許され、受け入れられ、愛される市場であるので、本作もまた受け入れられ、そして愛されるのだ。
プレイヤーがひたすらシルヴィの頭を撫で続けた先に得られるのは、彼女からの愛情だ。それと彼女の未成熟で傷だらけの肉体。君はそのどちらをも受け取っていいし、受け取らなくてもかまわない。だって、その頃には、彼女は君のなかで娘のような存在になっているかもしれないからだ。
出典:同上
服をたくさん買い与え、自分好みの娘に仕立てあげる。
『奴隷との生活』の他人の感想を拾っていたとき、シルヴィを抱いて淫乱にするのは嫌だ、という趣旨の意見を見かけたことがある。これはとても良く分かる話だ。まともな人間は、自分にとって娘のような存在を手籠めにしようとは思わないだろう。そこまで感情移入できるかは個人差があるにしても、一般論の延長線上で理解できるはずの意見だ。
しかし、より高度で卓越した倫理観を持つ変態紳士は、現実と二次元を峻別する観察力によって、自分の娘すらも性欲の対象とみることができる。ただし二次元限定で。娘とは背徳を高める属性であり、それを食するのはグルメであり、グルメとは紳士の嗜みなのだ。
出典:同上
気持ち良すぎて気絶しちゃったシルヴィちゃん。
我々の一日は、「気がついたら、もう朝で…」と顔を赤らめるシルヴィの呟きから始まる。朝は軽くピロートークのような会話をし、昼にはシルヴィを町の飲食店へ連れて行く。そこでシルヴィは、前の飼い主には食べさせてもらえなかった類の食事を取る。彼女はスイーツの美味しさについて感想を述べる。それから自宅に帰って、また少し会話をする。そして彼女から「独りで慰めても良くなかった」という告白を聞けば辛抱たまらず、いつもの精力剤と媚薬を服用し、そのままベッドインだ。
このベッドでの情事こそは、本作のエロの肝である。他にもエロシーンは用意されているが、正直それらはどうでもよろしい。何故ならば、ベッドでのエッチのほうが圧倒的に作りこまれており、自由度が高いからだ。
出典:同上
前戯だけで絶頂させ続けることもできる。
プレイヤーは、ベッドのなかで、シルヴィへの愛撫と挿入を自由に選択することができる。主人公の精力が尽き果てるか、あるいはシルヴィが気絶するまで好きにすることができる。ずっと腰を振り続けて溢れんばかりの精を注ぎ込んでも良いし、あるいはひたすら愛撫に終始して、全身からいろんな体液を垂れ流すシルヴィの様子を観察しても良い。そしてシルヴィの体が限界を迎えた頃、ようやく二人の一日が終わるのである。
『奴隷との生活』は、シルヴィとのこうした日々を過ごしていく作品だ。日々を過ごせば、彼女の親密度も淫乱度も青天井で増加し続ける。明確な終わりがなく、消費可能なコンテンツも決して多くはない。
しかし、それでも本作は愛おしい作品である。別に優れた作品だと言いたいわけではない。やっぱりクソゲーだという意見も是としよう。何故ならば、本作の魅力は非常に主観的な部分にあり、結局のところシルヴィを好きになれるかどうかで評価が反転してしまうからだ。だから無理に勧めはしないが、商品画像の奴隷少女の笑顔を見てグッと来るものがあるなら、その人には本作を楽しめる適性があるだろう。その場合はぜひ一度プレイすることをオススメしたい。
作品情報
タイトル | 奴隷との生活 -Teaching Feeling- |
ブランド | FreakilyCharming |
発売日 | 2015年10月27日 |
ダウンロード販売 | DLsite DMM |